phelan: stepping in
30代ゲイのつれづれ日記.行き先不明で迷走中!
Aladdin
TVでディズニー映画『アラジン』をやっていたので,HDD レコーダーに録画して,数日後,見た.

・・・思いの外,ヒット作・・・・.

まあ,アラジンの声が羽賀研二というのが下げポイントではありますが.

ていうか,『アラジン』って,3部作なんすね.

TVで放映したのは,第一作.

・・・続きの2本(すでにDVD発売済み)を買いに行きそうな(ってか,amazon でぷちっとボタンをクリックしそうな)自分が怖い.

・・・てか,なんでゲイブログでこのネタ書いてるって?

・・・この映画見ればわかるかと・・・.わかんねーか・・・.

すっごい個人的好みの問題な気もする・・・.
『長いお別れ』
 と,いうわけで(直下の文章参照ね),早速例題をおひとつ.

「ぼくのためにコーヒーを一杯ついで,バーボンを入れ,タバコに火をつけて,カップのそばにおいてくれたまえ.そしてぼくについてすべてを忘れてくれ−−−−−」 (清水俊二訳)

 あまりにも有名なこの台詞で象徴される『長いお別れ』(レイモンド・チャンドラー)は,間違いなく僕の「ゲイ心」を刺激してやまない作品だ.

 この小説は,主人公の探偵,フィリップ・マーロウ(あまりにも高名なマーロウ!)が,かつての友人テリーの死を追跡するところから始まる.典型的なハードボイルド小説だ.

 けれど僕にとって重要なのはそこではない.フィリップとテリーの理屈を超えた友情,その「おいしさ」がビンビン胸に伝わってくる.上に抜粋した台詞を読んだだけで,すでに失禁気味の僕である(←汚ないっつの)

 一体,男同士の間で,友情と愛情はどれほどに区別されるのだろうか.確かに,ゲイは男の「体」に欲情する人種である.けれど,だからといって「心」には欲情しないとは決して言えない.いやむしろ,「体」に欲情しうるからこそ,「心」にも通常以上に欲情しうるのではあるまいか?

 僕は浅学にして詳細を知らないが,かつて平安から江戸の時期,「奇し(あやし)の恋」(平安時代の表現),あるいは「衆道の恋」(江戸時代の表現)は,ある意味で高貴・ストイックなものとして肯定されたらしい.そのこと自体の是非はさておき,その思想の中に,「精神的ゲイ」の中に,現代ゲイの僕らが学ぶものはあるのではないかと思う.

 「友情と恋情のあいだ」.これって結構,面白いキーワードじゃないですかね.ゲイの場合.

 翻って『長いお別れ』に戻れば,僕は大学時代この小説を読み,カクテルのギムレットにハマったのだった.

 「ギムレットにはまだ早すぎるね」

 やはりあまりにも有名すぎるこの台詞.何処で出てくるかは,ネタバレになるからここでは言わない.興味を持った人は,絶対に損はしないから,読んでみてほしい.
BANANA FISH
ゲイの人にお薦めの漫画,『BANANA FISH』(吉田秋生).

 ぶっちゃけこの人の漫画で感心したものは,この『BANANA FISH』と『ラヴァーズ・キス』しかなく,あとの作品は世評高い割に僕は感心しなかったのですが,『BANANA FISH』だけは読んでもらいたいと思う次第であります.

 主人公 英二と,もうひとりの主人公アッシュの,プラトニックな恋愛じみた(あるいは恋愛を超えて人生を共有するほどの)交錯が見どころの作品で,これが少女漫画でなされたということを,少年漫画界はもう少し恥じたほうが良いと思うのです.

 ゲイの恋愛って,何でしょう.
 もちろんセックスは一要素ではある.

 けれど「憧憬」「羨望」「理解」「絆」「等値」,こういったキーワードから類推される精神的交錯も,無視すべからざるゲイの恋愛の一様相ではあるんでないだろうか.

 つまり同性ゆえの「苦しさ」より,「おいしさ」を見る意気も要るんではないだろうか.

 少なくとも僕は,誰かを恋するとき,体が好きなのか,心が好きなのか,好きと思うことが好きなのか,相手になった自分が好きなのか,それらすべてを否定してなお「好き」が残るのか,皆目分からなくなる瞬間がある.

 『BANANA FISH』の全編を通じて,(恐らく期せずして)その逡巡のおいしさが香り立つ.作者がどう描いたかしらないが,僕にとっては,最早そういう作品だ.

 いまなら文庫も出ているから,それでもお薦め.

 アッシュの愛の告白(にしか,僕には見えない)台詞に鳥肌が立ちますよ.
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